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日々思ったことや、主に読んだ本や漫画の感想。

少年は残酷な弓を射る / ライオネル・シュライヴァー

私にとってこの本は終止ケヴィンの物語だった。

母親のエヴァの目線から語られる話は、読んでいく度夢中になり、手が止まらなかった。彼女の語り口調は聞きやすく、馴染みはなくとも、信頼の置けるものの気がした。

夢中になって読み進め、結末を読み終えて一番驚いたのは、この本の多くの読み手はケヴィンではなくエヴァに対して様々な考えを巡らせ、共感し、意見を述べていることだった。(少なくとも目に触れやすく、すぐに発見できる感想がほぼそれだった。)

私にとっては、ケヴィンが全てだった。彼は母であるエヴァが好きなのだと、愛していると、そのことに全てが帰結すると感じていた。父であるフランクリンからケヴィンが語られることは残念ながら無かったが、フランクリンが見ている、幻想として抱いているだろうケヴィンはなんとなくエヴァの目線から感じ取ることができた。

私は日本に生まれ、アメリカの価値観やそこに根付く文化や、そこにしか存在しえない空気感は…残念ながら想像することしかできない。

そんな私から見て、ケヴィンの考え方や、生きている時間や、今まで当たり前のように過ごし行動してきた物事に対する姿勢は新鮮であり驚きであり魅力的だった。フィクションにしろ、現実にしろ、人を殺したという事実を背負った人にこう思うのはあまりほめられたことではないかもしれないが、少なくとも私にとってケヴィンという存在は見慣れないものだった。嫌悪も無く、賞賛もしないが、興味深いものだ。

この本は、ケヴィンが最初から悪意を抱いて生まれた人だったのか、後天的に悪意を抱いた人なのか、議論が交わされるのだろうか。私は読んでいるとき、そのことについて特に考えなかった。及ばなかったのだ、そこまで。

まず悪意とは何か考えてしまった。悪意、とするには善意が必要で、エヴァが考えた、ケヴィンが執拗に醜さ(又、そのようなネガティブなもの)に執着するのは、美しさを知っているからだ、という考えと少し似ているかもしれないが善意と悪意を決めるの結局自分でしかない。それは…誰にも分からず、自分で抱くものでしかない気がしたからだ。

 

ケヴィンは、エヴァが、母が好きであったと思う。そして誰よりもどの世界の誰よりもケヴィンとエヴァは似ていると思う。ケヴィンはエヴァのことを、何よりも気にして、誰よりも気を引きたかった。マーリンに母親のことを聞かれたときに、彼が言ったことは本当なのか疑ってしまった。でも結局あれは本心だったのだろうな、と思う。2週間寝込んだときと、エヴァとフランクリンの離婚の話を聞いたとき、そして2周年になるケヴィンの記念日…18歳になる三日前に見せたケヴィンは、その全てで訴えていた。

ケヴィンはずっと不安だったのかなと思う。自分が…望まれて生まれたのではなくて、母の愛が本当では無くてつぎはぎでできていることをなんとなく感じてしまったのかなと思う。でも彼は素直に愛してほしいと訴えなかった。その母と同じく色々なことに戦った。戦いながら母の愛を感じようとしたのか、どうだったんだろうか。

 

ケヴィンが母であるエヴァを好きであり、エヴァを求めていたことは語ることに及ばないほど分かりきっていることなのだろうか。私は人には子や家庭を持つことに向き不向き、得意不得意があると考えている。それは子にしてもそうだ。当たり前のことなんて、何一つない。全部、当たり前じゃないし、人の数だけ答えがあることだと思う。

私にとってこの本は終止ケヴィンの物語だった。私はケヴィンが好きだ。ケヴィンは、母が好きだ。私は母でもなく、子を産んだこともない、子どもだからかもしれない。ケヴィンはとても可愛くて、こうしたかったのではないか、でもどうしようもなかったのではないかと思うことが多々あった。

こんなことはケヴィンが一番嫌がることかもしれないが。

ケヴィンが2周年の記念日に、どうして仮面をつけることをやめて、母に素直に「開けないで」と言葉を漏らし、母と抱き合ったのか…。子どもが終わってしまう目前に、ケヴィンはエヴァの子どもでありたいと思ったのだろうか。そして子どもが終わり、成人として扱われる環境へ移行したときにもつける仮面は無いのだと思ったんだろうか。最初は明確にあったのかもしれない、木曜日を引き起こした感情は、子どもが終わるケヴィンにとってはわけのわからない、掴むことのできない自分の中の矛盾だったのだろうか。

 

この本に出会えて本当に良かったと思える。ケヴィンと、エヴァと出会えたことはとても貴重で、とても印象深いものになった。 彼らが生きるときが、彼らのかけがえのないものになることを思う。ケヴィンが好きだ、エヴァが好きでたまらないケヴィンが、好きだ。

 

 

少年は残酷な弓を射る」 /  ライオネル・シュライヴァー

 

 

 

少年は残酷な弓を射る 上

少年は残酷な弓を射る 上

 

 

 

少年は残酷な弓を射る 下

少年は残酷な弓を射る 下

 

 

光野多恵子・真喜志順子・堤理華 訳

2015.3.12